『里山を創生する「デザイン的思考」』という本を読みました。
著者はライフスタイルマガジン「自遊人」の編集長・岩佐十良さん。
岩佐さん率いる株式会社自遊人は、雑誌の発行だけでなく、オーガニック食品の販売や、リアルメディアとしての宿泊施設「里山十帖」や「箱根本箱」の運営なども手がけています。
本書では、150年の歴史がある古民家をリノベーションした宿「里山十帖」の事例を通して、著者が実践してきた「現状の閉塞感を打破するための、従来とは異なる思考アプローチ法」である「デザイン的思考」について詳細に語られています。
もうとにかく読んでいてワクワクする本でした。
僕が特に面白いと思ったところは、著者の芸術についての考え方です。
「芸術とはけっして小難しいものでも高尚なものでもありません。人間の暮らしに豊かさと彩りを添えてくれるという点では、食べ物や家具とまったく同列にあるものなのです。」
「芸術作品は空間と調和してこそ意味があり、人々に新たな発見や感動を与えるものなのです。」
この観点から、里山十帖では、現代アートが建物内のいたるところに飾られていたり(しかも肩肘張らせないために、あえて作者名などは記載せず)、デザイナー家具が古民家と調和するように置かれていたりするそうです。
僕もいつか気に入った芸術作品に出会ったら、自然なかたちで生活に取り入れていきたいなと思いました。
このほかにも良かったところを、抜粋して紹介したいと思います。
★重要なことは、自分のセンス、つまり肌感覚を磨くこと。さらに多数の人格で、ものごとを見る訓練が必要だと思うのです。私たちの会社ではこの作業を「現実社会とデータの反復検証」と呼んでいます
★『里山十帖』では、こんな人々と、そのコミュニティーを想像して、「共感ポイント」を探っていきました。
"金銭的価値に代えられない、本質的に豊かなライフスタイルを求めている人"
"既成概念にとらわれず、常に新しい価値観を創造しようとしているクリエイター"
"常に出会いや刺激を求め、自分と社会を変えていきたいと思っている人"
"地球環境と自分の暮らしを複合的に考えている人"
"食べることと、生きることの関係性を、真剣に考えている人"
★デザイン的思考は、世の中の微妙な空気感や世相を自分のなかに取り込んでいく考え方ですから、1年後には1年後の結論がありますし、3年後には結論がまったく違うものになるのは当然です。
石橋を叩いて叩いて、検証して検証して、と時間をかけていると、その間に結論は変わってしまいます。そのときに自分が肌で感じたリアルな直感値を猛スピードで検証して、やると決めたらすぐにやらないと、答えが変わってしまう。つまり、結論は時間軸とともに変化するのです。
★雑誌編集にしても、食品販売にしても、宿泊業にしても、各論は常に変化します。積み重ねてきたことを壊すことも当たり前。たいていの人は自分が携わっていたことが壊されることを人格否定されたと感じるようです。しかし、私たちは破壊は創造への第一歩だと考えています。自分で体験して"なにか違う"と感じている人こそ、新しい価値観を創造できる、と考えているのです。
★"魂は細部に宿る"のです。人々の評価は直感によるものがほとんどですが、この直感というのは意外と当たっています。
「なんとなく心地いい」
「なんとなく使いやすい」
この"なんとなく"は、つくり手が"なんとなく"つくったのでは実現しません。つくり手は細部にまで注意を払って、計算し尽くしてこそ"なんとなく"が伝わるのです。
★『里山十帖』のキャッチコピーは「Redefine Luxury」。"ラグジュアリーの再定義"ですが、私たちの提案するラグジュアリーとは、客室の広さでもなければ、アメニティのブランドでも、ましてや大画面テレビやDVDでもありません。
「体験と発見こそ真の贅沢」。それが『里山十帖』の考える、ラグジュアリーなのです。
★『里山十帖』ではラグジュアリーを"体験と発見こそ最高の贅沢"と再定義していますが、これらは自分で見たり、考えたり、動いたりしないと得ることができません。『里山十帖』の十帖とは"十の物語"ですが、私たちが提供しているのは知的好奇心を満たす物語であり、プレミアムな時間なのです。
★物語性とはなんなのでしょうか。
あえて物語をつくらなくても、どんな町にも、どんな宿にも、物語はたくさん眠っているのです。歴史、文化、自然、そして本当の昔話。語ることはいくらでもあります。
★予測すること、リスクを計算することも重要でしょうが、それが意思決定において最優先なのであれば新しい価値など生まれるわけがありません。なぜなら本当にすべてを予測できるのであれば、経営者も必要なければ、デザイン的思考も必要ないのですから。
★ソシアル・ライン・デザインとは、世の中にあるモノとモノ、人と人をつなぎ、新しい価値観をつくるという意味。「共創デザイン」と呼ぶこともできるでしょう。
★いきすぎたスペシャリスト信仰は、スペシャリスト自身の横方向への可能性を狭めてしまったような気がするのです。
★『里山十帖』をはじめて、予想以上に宿がリアルメディアとしての可能性を持っていることに気がつきました。なにしろ宿は時間軸まで含めた食やライフスタイルの提案ができるのです。しかも宿にはさまざまな人が集います。結びつけられるものも、組み合わせも無限大。私たちがまだまだ気がついていない可能性がありそうです。
そう考えると、日本全国で宿が存続の危機にたたされ、観光産業がくすぶっているのは本当にもったいないことです。視点を変えれば、地方、とくに観光地には、雑誌をはるかにしのぐリアルメディアがたくさん埋まっているのです。
【本】岩佐十良著『里山を創生する「デザイン的思考」』
