養老孟司著『猫も老人も、役立たずでけっこう』

NHKの番組「ネコメンタリー 猫も、杓子も。」を基にした解剖学者・養老孟司さんの『猫も老人も、役立たずでけっこう』を読了しました。

自然に触れることや感覚を大切にすること、人間が作ったシステムを俯瞰する視点など、養老孟司さんの考え方に触れられる本です。

時々登場する養老さん愛猫のまるちゃんに癒されました。

以下、よかったところを抜粋したいと思います。

★人間は、必死になってすごいシステムを構築しているけれど、どうせ歳とったらみんな死ぬんです。だったら、何でもほどほどでいいでしょう。歳をとると実際、そう思うようになるんです。「ああ今日も無事にすんだ」って、それだけで満足しちゃう。まるだって、食べることと寝ること以外、何も考えていない。もちろん昨日のことは忘れている。だからすべてが一期一会。その良さもあると思うから、まるを見て参考にしているんです。(44ページ)

★みなさん、「発見」って、何かを見つけることだと思っているんでしょうね。違うんです。たとえば、ある日突然、今まで同じだと思っていた虫が違う種類であることに気づくとする。それは、「違いがわからなかった自分」が「違いがわかる自分」に変わったということ。見える世界が変わったということなんです。つまり、「発見」というのは「自分が変わる」ことに他ならない。自分が変わった瞬間、世界も変わるんです。(70ページ)

★意識というのは、頭の中の世界のことです。それを変えてくれるのは、感覚を通して入ってくる「外の世界」しかない。勉強でも仕事でも、悩んだら、ちょっと家の外をぐるっと回ってきたりするでしょう。それですよ。外から入ってくる感覚が、頭をリフレッシュしてくれる。(131ページ)

★意識を変えるには、違う世界に生きればいいんです。どうしたらいいか。みなさん頭で考えてしまうでしょう。その段階ですでに、意識の穴に落ちているんです。要は、心をひらけばいいんです。感覚を通して入ってくる、いろいろなものを素直に受け入れたらいい。(132ページ)

★感覚を鍛えることの重要性は、実は「脳みそを変える」ということなんです。外の世界と脳みそが関わり合うのは、感覚を通してだけです。感覚から入ってくるもので脳は変わっていくんです。それを環境という。(133ページ)

★変わるということは、前の自分が死んで新しい自分になるということです。でも、誰だって死ぬのは嫌でしょう。だから変化を意識しないんですよ。だからこそ、なんとかして感覚をひらいていただきたい。脳みそって変わってしまうものなんだということを、まずは考えてほしいですね。

 自分が変わると世界が違って見えますから、退屈しませんよ。よく若い人たちが「退屈だ」とボヤいているのは、自分が変わっていないから。それでいつも世界が同じに見えているんです。人生は一回しかないんだから、「何回も生きてみよう」というふうにしたらいいじゃないですか。そういう時に、変えてくれるのは感覚です。外から入れなきゃだめ、頭の中だけでは、なかなか変われない。(134ページ)

★とかく、現代社会は周りの環境を同じにして、感覚を働かせないようにつくられています。オフィスビルの中なんて朝から晩まで同じでしょう。同じ気温で、同じ明るさ、雨も降らなければ、風も吹かない。そういう状況で暮らそうとするんですよ、現代人は。それが快適だ、合理的だって言うんだけれど、私はそれを信じません。

 山の中でも歩いてごらんなさい。地面はでこぼこで、木の根や草があり、虫がいる。風が吹き、雨が降ればぬかるむ。小鳥や木々のざわめきなど、様々な音がし、様々なにおいもする。都市での生活は、こういう感覚を遮断しているんです。

 そのような環境では、自分を非常に変えにくくなるでしょう。常に世界が同じなわけですから。私は、そういうのは楽しくないだろうなと思いますね。むしろストレスですな。頭の外に出るべきなんです。(135ページ)

★人間の根本には、死にたくないという思いがあります。不死願望ですな。人間の面白いところは、そういう死にたくないという思いをなんとか実現しようとすること。古くは、秦の始皇帝が万里の長城をつくったことでしょう。あれだけ大きいものをつくると、死なないじゃないですか。現に今でも生きている。ピラミッドもそうでしょう。(中略)

 人によっては、「文化は永久に生きるものをつくるためにある」と説く人もいますよね。それが、行くところまで行き着いてしまった。それこそデジタルです。(中略)コンピュータがなくなればデータもなくなりますが、人間がコンピュータを無限に増やしているからなくなりそうもないでしょう。しかもクラウドに保存しておけば、たとえコンピュータが壊れようが家が火事で焼けようが、データは残り続けます。

 つまり、デジタル以前の世界は諸行無視だったけれど、今は永久不滅になってしまった。基本的に不死は保証されてしまったんです。だから、コンピュータが世界を支配するって言われているんでしょう。ピラミッドをつくり、万里の長城をつくり、最後はコンピュータで、これさえあればいいって。

 必死になって、合理的、経済的、効率的だとやっていくと、人がいらなくなると言われていますね。時々ね、人の考えや感情を全部コンピュータに入れたらどうなるんでしょうと言う人がいますが、それは要するに死にたくないと言っているのと同じです。

 iPS細胞だってそう。具合が悪くなったら取り替える。速い話が死にたくないってことでしょう。研究に文句を言いたいわけじゃありません。「これ以上死ななくなってどうするのかね?」ということです。(中略)

 だから、ほどほどにしたらと思いますね。ナノ秒単位で株式取引なんかやってどうするんだ。もう固定相場にしたらって、私なんか思いますよ。エネルギーの無駄です、その都度コンピュータ動かして。あれだって温暖化に影響しているんですから。

 人は死ぬんですよ、絶対。私だってまるだって、いつかは死ぬ。もちろん、あなたもです。(182ページ)